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旧井上房一郎邸の外観とブルーノタウトが住んだ洗心亭2017年08月09日

建築家アントニン・レーモンドの建築スタイルを取り入れたと言われていますが、レーモンドの自邸兼事務所を写した建物だそうです。

 

 

茶室前の庭から。

 

こちらが正面玄関です。

軒先が綺麗です。

 

 

日本の基本的な建築と違い、床下基礎空間が無い造りです。

基礎が大きく見えないので足元が綺麗です。

 

洗心亭

少林山達磨寺の中に洗心亭はありました。

 

ドイツ近代の世界的建築家、ブルーノ・タウトは、ナチスドイツの台頭を避け、エリカ夫人と共に国外へ脱出し、昭和8年(1933年)に来日しました。

当初敦賀に滞在した後、日本国内を転々としていましたが、昭和9年(1934年)から高崎市出身の井上房一郎氏に招かれ、当時帝国大学農学博士であった佐藤寛治氏の別荘であった洗心亭という建物が、少林山達磨寺境内にあり、空いていたために、ここに滞在することになりました。建物は大正時代に建てられたもので、 平屋で6畳と4畳半の二間です。

タウトはその後夫人と共に2年3ヶ月もの間洗心亭で過ごし、家具や竹細工の設計を行っていました。

高崎市 洗心亭HPより

 

ここで、ブルーノ・タウトの「日本の文化を愛す」と残された言葉について考えました。

タウトは、桂離宮を世界にその名を知らしめることをしました。

日本人より、日本の文化に興味をもって深く観察していたその目を感じました。

 

 

訪問することが出来てありがたかったです。

「ヨシのいえ」